気まぐれな魔法使い    
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「禅寺に行ってくる。誰にも言うなよ。」

親友にそう言って出かけた。
少し離れた山の中に禅寺があるのを知っていたからだ。
何回かバスを乗り継いで禅寺につくと、バスケットシューズはぐしゃぐしゃになっていた。

「こんばんは、誰かいますか?」
誰もいないように見えるけど台所らしき場所から湯気が上がっている。

「あら、何しに来たの」
エプロン姿のおばさんが出てきた。

「泊めてください!」
「ちょっと待ってね」

おばさんは一分ぐらい引っ込んで、また出てきた。

「こっちへいらっしゃい」

言われるままに後をついていくと小さな火鉢のある8畳間に通された。

「もう時間だから、あたしは帰るけど、また明日ね。」
そう言っておばさんは出て行った。

何を思ってここに来たのか思い出せない?
気が付いたら禅寺の一室の小さな火鉢の前でボーっとしている自分がいた。
床の間の大きな坪に花が活けてある。
花の名前も知らないし、かけじゅくの文字も読めない。

しばらくすると、袈裟を着たお坊さんが入ってきた。

お坊さんはしばらく僕の目をじっと見たあと話しかけてきた。

「お金をもっているかい。ご飯を食べるためにはお金がかかるよ。」
「・・・・・はい。」

「それじゃ座禅の組み方を教えるから真似をしなさい。」
座禅の組み方を教わった。

「お勤めは朝夕5時だよ。部屋に案内しよう。」
そう言って部屋を出ようとするお坊さんに尋ねた。

「あの・・・・・お勤めの時間以外は何をするんですか?僕は?」
「まだ何も聞いてません。」
「・・・・・薪割とかするんじゃないんですか、ここはそういう場所じゃないんですか?」
時代劇とかでは、山寺に泊めてもらった旅人はだいたい薪割りをしている。

「薪割がしたいのかね」

お坊さんは少し困った顔をしたあと、

「座禅の時間以外は自分で決めなさい」

「え?!」
しばらく沈黙した後、僕はこう言っていた。
「午前中は、お寺のお手伝いをします。午後は好きな絵を描きます。」

部屋に案内されて、ぬるいコタツに足を入れてずっと考え事をしていたら、そのうちねむくなった。
何の音も聞こえない。
静かな山の中の座禅道場だった。





気持ちの良い目覚めだった。久しぶりに熟睡していた。
硝子越しに光が眩しい。

「ここは何処だろう」

腕時計に目をやると10時だ。よくねたなぁ。気持ちいいなぁ
・・・え! 10時! ? まずい! 寝坊したぁ! 朝のお勤めは5時だ!

大急ぎで布団を片付けて本堂へ行ってみた。誰もいない。
座禅道場の建物にいってみた。誰もいない。

側を通り過ぎる修行僧に何かを聞こうとしたけど、何を聞こうとしているのかわからなかった。
誰も話しかけてくれない。

昨日座禅の組み方を教わった部屋に行ってみた。
そこには昨日のお坊さんがいた。
僕の心の中は(なんで起こしてくれないんだ!)そう叫んでいた。
じっと僕を見つめるお坊さんの目は険しくも優しくもなかった。
ただじっと僕を見ている。

「夕方のお勤めは5時だよ」
そう言ってお坊さんは目を逸らして何かの書き物を始めた。

「はい・・・」
僕は自分の部屋に戻ってじっとしていた。
泣いていた。
なぜ悲しいのかわからなかった。
涙がとまらない。
何故かわからないけど、悔しかった。
誰に腹を立てているんだろう?。
泣きながらずっと考えていた。
こんなに一杯涙が出ているのにまだ涙が出てくる。

夕方のお勤めは絶対遅れないぞ。

時間の進むのが遅かった。
やっと5時になった。
道場へむかうと他の修行僧たちも一緒だった。
「こんにちは、始めまして」
そういうと、自分に笑顔が返ってきていた。
誰かに話しかけてもらいたかった。
頭を丸めている修行僧に混じって修行している髪の長い僕がどういう風に見えるのか気になった。
「何処から来たの」とか「何しに来たの」そんな風に・・・。
でも、誰も何も聞いてくれなかった。

本格的な座禅を組んだことはない。
足が痛い。
ふらふらすると、なんとかという棒でたたかれる。
昨日聞いたはずの棒の名前が思い出せない。

何回もたたかれた。
凄い音がするけどあまり痛くない。
不思議だ。

早くおわらないかな。
足が痛いな。
長い長い座禅だった。

座禅が終わると修行僧たちはそれぞれ勝手に道場を出て行った。
中には足がしびれている様子の僧もいた。
すこし安心した。
でも、僕は立てない。

誰もいなくなってから、足を投げ出して痺れが去るのを待った。

そして晩御飯の時間になった。
住職は、一度だけ作法を教えてくれた。

その晩はご馳走だったらしい。油揚げのおかずがでた。
覚えたつもりだったけど、他の僧たちのまねをしなければご飯も食べられない自分に気が付いた。
何も覚えていなかった。
なにか間違いをしているのかもしれないけど、注意してくれる僧はいなかった。
僕は、他の僧侶たちのまねをして晩御飯を食べた。

部屋に戻って今日一日を思い出していた。
絵を描こうと思って持ってきた画用紙をだしたけど、何も書いていない。
明日は絶対寝坊しないぞ。
すこし、眠くなって居眠りをして、また目が覚めて、時計を見る。





何回も目が覚めて朝が来た。

5時ちょっと前に座禅道場に入って待っていた。
時間通りに他の僧たちはやってきた。
そして座禅がはじまった。

約束の時間に間に合った。
なぜなんだろう。嬉しい。
誰もほめてくれるわけではない。
でも、僕は嬉しかった。

昨日住職や他の修行僧たちを恨んでいた。
そんな自分に気が付いて恥ずかしくなった。
誰も僕のことを咎めていたわけではなかった。
自分で決めたことをするだけの単純な日々の繰り返しに過ぎないことがわかってきた。

午前中は薪割りのお手伝いをしよう。
午後になったら、絵を書こう。
自分で決めたんだから。

できそうな気がする。
きっと出来る。
他人に邪魔されるわけじゃない。
寝坊をするのも、やる気がないのも誰のせいでもない
それがわかってきたような気がした。

薪割りは楽しかった。
最初は斧が怖かったけれど、雪の中で寒いはずなのに体がほかほかしていた。
力がでてきた。

午後はコタツの中で落書きをして過ごした。
楽しかった。

そしてやっと気が付いた・・・。
座禅の組み方や食事の作法を何も聞いていなかった。

晩御飯のとき、お作法をもう一度だけ聞こう。
今度はきっと覚えるぞ。
今までは、両親に叱られながらいろんな事を覚えさせられたような気がする。
でも、今度は自分の為に覚えるんだ。
だから、覚えられるはずだ。
恥ずかしいけど、もう一度聞かなきゃ・・・。

そうか・・・
約束って誰かの為にあるものじゃないんだ。
自分との約束なんだ・・・!

僕はすがすがしい気持ちだった。

・・・・・

そのころ村では家出騒ぎが起こっていた。
無二の親友は泣きながら僕の居場所を白状していた。
親父は禅寺に向かっていた。

高校2年生の冬の出来事だった。 (^_^;)





(国済寺の皆様ありがとうございました。) 

05年03月08日

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